トンボの目と、なぜ5回の限界について
私の会社の不良が「なぜ5回」で減らないのはなぜか、「なぜ5回」をして考えてみよう。
——冗談のように聞こえるかもしれないが、自分は半分本気で言っている。
大野耐一のトヨタ生産方式における「なぜを5回繰り返せ」は、製造業で最も有名な問題解決ツールだ。機械が止まった。なぜか。ヒューズが切れた。なぜか。過負荷がかかった。なぜか。軸受の潤滑が不十分だった。なぜか。ポンプが摩耗していた。なぜか。フィルターがなく切粉が入った。原因はフィルターの不備。対策が打てる。
美しい。一直線に根本原因へたどり着く。1950年代のトヨタの現場で、この方法は革命だった。大野耐一は偉大だ。それは前提として言っておく。
問題は、2026年にこの方法だけで戦っている現場が多すぎることだ。
フィリップ・テトロックは『超予測力』の中で、「トンボの目」(dragonfly eye)という概念を紹介している。トンボの複眼は数万個のレンズでできていて、それぞれが少しずつ違う角度から世界を見ている。超予測者——不確実な未来を驚異的な精度で当てる人々——の思考法がまさにこれだ。一つの視点を深掘りするのではなく、複数の不完全な視点を同時に持ち、それらを統合する。
なぜ5回は単眼だ。一本の因果チェーンを、まっすぐ深く掘る。トンボの目は複眼だ。複数の因果の可能性を、同時に見る。
どちらが正しいかという話ではない。どちらかしか持っていないことが問題だ。
なぜ5回で「軸受の潤滑不足」にたどり着いたとする。対策を打つ。フィルターをつける。だが不良が減らない。なぜか。実は同時に、気温変化による材料の微妙な膨張と、新人作業者の組付け手順のばらつきと、検査照明の経年劣化が、それぞれ5%ずつ不良率に寄与していた。一本掘っても、残りの3本は見えない。なぜ5回は、最初の「なぜ」で選んだ方向にしか掘れない。
ここで機械学習の話をする。
ブースティングという手法がある。一つ一つは精度の低い「弱学習器」を大量に組み合わせて、強い予測モデルを作る技術だ。個々の弱学習器は60%程度の精度しかない。人間で言えば「なんとなくこっちだと思う」レベルだ。だがそれを100個、200個と重ねていくと、99%を超える精度が出る。弱い判断の集合が、単体の強い判断を上回る。
これはテトロックの超予測者がやっていることと構造が同じだ。超予測者は一つの専門知識で正解を出すのではない。複数の不完全な情報源から、それぞれの信頼度を重み付けしながら統合して、最終的な判断を組み立てる。確率で考える。分解する。更新する。過信しない。比較する。
製造現場にも弱学習器は存在している。作業者の「なんか今日、音が違う」という勘。設備の振動データ。温湿度の記録。顧客クレームのパターン。協力会社からの材料ロット情報。どれも単体では精度が低い。だが統合する仕組みがない。結局「なぜ5回」という一本の強学習器に全部を託して、掘って、掘って、一つの原因を見つけて安心している。
大野耐一は1990年に亡くなった。自分は、あの人が今の製造現場を見たら「なぜ5回」だけで満足しないと思っている。別の道具も試すはずだ。大野耐一がやったのは「当時最適な方法を発明すること」であって、「一つの方法を永遠に使い続けること」ではない。方法を固定したのは後継者たちだ。
テトロックはハリネズミとキツネの比喩を使っている。ハリネズミは一つの大きな原理で世界を説明する。キツネは複数の小さな知恵を使い分ける。予測精度が高いのは、圧倒的にキツネの方だ。
なぜ5回はハリネズミのツールだ。強力だが、それしか持っていない工場はハリネズミの工場だ。他のメソッドをリサーチしないこと自体が、一種のガラパゴス化ではないか。
道具を増やせと言っている。なぜ5回を捨てろとは言っていない。ただ、複眼を持てと言っている。トンボのように。弱学習器を束ねるように。超予測者がやっているように。
一本の穴を深く掘ることと、複数の角度から同時に見ること。この二つは対立ではなく補完だ。
どちらかしか知らないのが、一番まずい。