速い自分と遅い自分
Kahnemanの『Thinking, Fast and Slow』を18章まで読んだ。まだ半分くらいだが、すでに自分の中で何かが変わり始めている。
この本の骨格はシンプルだ。人間の思考には2つのモードがある。「システム1」は速くて自動的で、努力がいらない。顔を見て怒っているとわかる、2+2が4だとわかる、母国語を読める。これがシステム1。「システム2」は遅くて意識的で、エネルギーを食う。将棋の次の一手を考える、慣れない外国語を聞き取る、込み入った契約書を読む。これがシステム2。
Kahnemanによれば、人間の思考の96%はシステム1で処理されている。1日に約3万5千回の判断をしていて、そのほとんどは自分で考えたという自覚すらない。これはバグではない。全部をシステム2でやったら朝食前に脳が電池切れを起こす。システム1は生存のための機能だ。
問題は、このシステム1が体系的に間違えることだ。しかもランダムにではなく、予測可能なパターンで。Kahnemanはこれを何十年もかけて一つひとつ実験で炙り出した。
たとえばプライミング効果。「フロリダ」「しわ」「白髪」といった老人に関連する単語を読まされた被験者は、その後の歩行速度が遅くなった。意識的に遅く歩こうとしたのではない。システム1が勝手にやった。自分が何に影響されているか、自分では気づけない。
たとえば確証バイアス。自分の仮説を支持する証拠ばかりが目に入り、反証は視界から消える。「このやり方で正しいはずだ」と思った瞬間から、正しいことを示すデータばかり集め始める。
たとえばハロー効果。第一印象が良ければ、その後のすべての情報を好意的に解釈してしまう。逆もまた然り。
たとえばアンカリング。最初に見た数字が、その後の判断をずっと引きずる。まったく関係のない数字でも。
16章から18章はさらに踏み込んでくる。平均への回帰——たまたま良い結果が出た次は、実力通りの結果に戻るだけなのに、「悪化した」と感じてしまう。基準率の無視——街のタクシーの85%が緑で15%が青、目撃者の正答率が80%でも、実際に青である確率は41%しかない。直感は80%と叫ぶ。だが数学は41%と答える。
読んでいて一番刺さったのは、Kahneman自身が「バイアスを何十年研究しても自分の直感的判断はほとんど改善されなかった」と認めていることだ。つまりこれは「知れば治る」類の知識ではない。バイアスを知っても、次の瞬間にはまたシステム1が走り出す。
じゃあ知る意味はどこにあるのか。自分はこう理解した。速い自分は止められない。でも遅い自分が「いま速い自分に乗っ取られていないか?」と問い返す仕組みを作ることはできる。判断を正すのではなく、判断のプロセスを設計する。バイアスの知識は、判断の瞬間ではなく、判断の前と後に効く道具だ。
ちなみにデトロイトがミシガン州にあることもこの本で知った。副産物としてはまあまあの収穫だと思う。